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1984年夏(後)
- 2007/02/28(水) 22:04:06
夏休みに入りコンクールが迫って来た。
毎日遅くまで練習するので唇の内側が切れる。
今なら練習するより休んだ方が良いと言うことが容易に分かるが、血気盛んな高校生、しかも気合い根性なら誰にも負けないと言うバンカラな男子校吹奏楽部員にはどんなに苦しくても突き進む選択肢しかなかった。
これしきで弱音を吐くなんて男がすたる!!気合いじゃ〜!!!息入れろ〜!!!
いつもこのパターンであった(涙)。
さて、自由曲「呪文とトッカータ」には途中ユーフォニアムのソロがある。
本番直前の合奏で織田さんから「そこのユーフォソロさあ、ヴィブラートかけてよ!」と指示が出た。
「ヴィ、ヴィブラート?!」
「どうするん??」←どうやってかけるの?の意
それまでヴィブラートは「上手くなってから掛けるもの」と習っていたので、ヴィブラートを掛けたことがなかったのである。
生まれて初めてヴィブラートを練習したのは織田さんの一言がきっかけであった。
さ〜て、いよいよ本番。
1984年の吹奏楽コンクール山口県大会は地元下関で開催された。
本番のステージでは織田さんと部員は燃えに燃えてまさに命懸けの演奏をした。
「呪文とトッカータ」のユーフォソロは残念ながらビビラート(ビビって音が震える現象)に終わってしまったが、自由曲の最後の和音が鳴り響いた瞬間、心の底から熱い思いが込み上げて来て、生まれて初めて演奏しながら涙した程だった。
無事に本番終了。
皆晴れ晴れとした気持ちでステージを後にした。
そして結果発表。
金賞を受賞をするも県代表として中国大会出場の夢は叶わなかった。
下関市民会館のロビーで野郎ども全員で声を出して泣いた。
いつまでもいつまでも・・・。
先日の横浜ブラスの練習では@部屋が指揮をしオリタさんがサクソフォーンを演奏した。
あれから20数年の歳月を経てこうして共演出来ることをとても嬉しく誇りに思った。
選曲も演奏もピュアでハートフル。オリタさんの人柄そのものだね。
オリタさんはここ数年また母校の指導に行っているそうだ。
3月の定期演奏会でも客演をするとのこと。
しばらく低迷している母校と山口県の吹奏楽のことを凄く心配されていた。
「睦郎にも力を貸して欲しいんだよね」
オリタんさんの熱い言葉に応えないようではそれこそ男がすたると言うもの。
一気に思いは田舎に飛んでしまった。
故郷で再会出来たらこんな夢のような話しはないね。
←高校の後輩からコメントをもらいました!
←人の繋がりの不思議さと大切さを改めて感じます!!
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こんばんわ。
1984年は私がはじめて吹奏楽コンクールに触れた年で(ジュニアチームなので応援でしたが)、前・中・後編大変な臨場感で読みました!
音楽を続けていることでいろいろな人と出会えて、つながりを感じています。
感謝の気持ちで続けたいと思いますー。
とんこさんへ
長く音楽の世界で生きていると様々な人とどこかで繋がっていることを実感しますね。
先日も近所のカレー屋さんのマスターが吹奏楽経験者で顧問の先生は僕が良く知っている先生でした。
当然その先生の話しで盛り上がりました。
こうしてとんこさんと繋がっていられるのも音楽のお陰ですね。