最悪(題名変更)
旅に弱いと言う定説通り「ポチッと」数減少中。
と言うことで先に貼っちゃえ!!
←「ポチッと」よろしくね!!
←毎日「ポチッと」ありがとう!!
今日はこれから北陸移動。飛行機が取れずに初の電車移動なのだ。
しかも新幹線の指定が取れず超満席の車内にて70分間立ちっぱなし。
辛いね〜。
車内で食べようと思って買ったお弁当が口に入るのはしばらく先だなあ…。
目的地着は深夜0時。
超荒れた生活してまんなぁ、ホンマ。
(追記)
越後湯沢での乗り換えは指定席だからと安心していたら、ナント喫煙車両!
ある意味立っているより辛い。
これで2時間半は地獄じゃ〜!!
(追追記)
地獄の喫煙車両にも関わらず10分も遅れて目的地着。
長い道のりやったなあ。
いつも泊まるホテルに着きフロントで
@部屋「中村と言います」
「中村ゆうすけ様ですね!」
@部屋「えっ? 中村むつおです」
「・・・・??」「予約が御座いませんが」
慌てて旅行会社から送られて来た旅の行程表を見ると別のホテルの名前が・・・。
「うぅぅ・・・」
確認しなかった自分が悪いのだが何という間抜けな事態か。
最悪じゃあああああ(怒)
と言うことで先に貼っちゃえ!!
←毎日「ポチッと」ありがとう!! 今日はこれから北陸移動。飛行機が取れずに初の電車移動なのだ。
しかも新幹線の指定が取れず超満席の車内にて70分間立ちっぱなし。
辛いね〜。
車内で食べようと思って買ったお弁当が口に入るのはしばらく先だなあ…。
目的地着は深夜0時。
超荒れた生活してまんなぁ、ホンマ。
(追記)
越後湯沢での乗り換えは指定席だからと安心していたら、ナント喫煙車両!
ある意味立っているより辛い。
これで2時間半は地獄じゃ〜!!
(追追記)
地獄の喫煙車両にも関わらず10分も遅れて目的地着。
長い道のりやったなあ。
いつも泊まるホテルに着きフロントで
@部屋「中村と言います」
「中村ゆうすけ様ですね!」
@部屋「えっ? 中村むつおです」
「・・・・??」「予約が御座いませんが」
慌てて旅行会社から送られて来た旅の行程表を見ると別のホテルの名前が・・・。
「うぅぅ・・・」
確認しなかった自分が悪いのだが何という間抜けな事態か。
最悪じゃあああああ(怒)
想い出
旅に出ている途中に敬愛するチェロ奏者のムスティスラフ・ロストロポービッチ氏が亡くなられた。
僕が始めて氏の演奏に出会ったのは大学に入って間もない頃である。
曲目はカラヤン指揮ベルリンフィルとのドボルザーク/チェロ協奏曲(1968年録音)。
10代の僕はスケールの大きな演奏に只々圧倒された。
それから10年くらいして日本管打楽器コンクールユーフォニアム部門の2次の課題曲にJ.Sバッハ作曲の無伴奏チェロ組曲が選ばれ、バッハを勉強する過程で再び氏と再会することとなる。自身初の全曲録音となった「バッハ/無伴奏チェロ組曲」の二枚組CDは当時かなり話題になったと記憶している。
他にもヨーヨーマやマイスキーの演奏も聴いたが、自分にはロストロポービッチの演奏が一番しっくりと来た。
数限りなく聴いたせいで、演奏の繰り返し部分での一回目と二回目の微妙な音程やニュアンスの違いなども聞き分けられる程になった。
彼のバッハからはどれ程たくさんの力をもらったか計り知れない。
その後少しして、ロストロポービッチ指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団がショスタコーヴィッチのチクルスをすると言う企画が有り、歌劇「ムチェンスク郡のマクベス婦人」のバンダパートで定期にのせてもらえることになった。
すみだトリフォニーのバルコニーから見た彼の姿はとても大きく、リハでは弦楽器のパートにまるで子供に手ほどきをするかのように指示を出す姿が印象的であった。
これが僕にとっては最初で最後の彼との「共演」となった。
それからはブラウン管からだったが、度々目にする彼の演奏やドキュメントからは多くの示唆を受けた。あれほどお元気そうだったのに・・・。
今日の朝日新聞文化面には「史上最強のチェリスト」〜ロストロポービッチ氏を悼む〜と言う見出しで音楽学者の一柳富美子氏の追悼記事が掲載されていた。
旅から帰る途中の飛行機の中で何度も読み返した。
奇しくも同じ朝日新聞に小澤征爾氏のウィーン国立歌劇場への1年5ヶ月ぶりの復帰公演成功の記事も載っていた。ちょうどこの公演の日(29日)はモスクワでの葬儀の日と重なっていたとのこと。小澤さんは親友の死に祈りの気持ちを込めて演奏したそうである。
記事を読んで、1996年、親友の武満徹氏の死に際しサイトウキネンオーケストラ松本公演での武満徹/「マイウェイ・オブ・ライフ」の演奏後の小澤さんの表情を思い出し涙が出た。
【ロストロポービッチ人生の祭典】
http://www.sokurov.jp/
今夜はバッハの無伴奏チェロ組曲がずっと流れています
レクイエムのように感じられるのが不思議です
僕が始めて氏の演奏に出会ったのは大学に入って間もない頃である。
曲目はカラヤン指揮ベルリンフィルとのドボルザーク/チェロ協奏曲(1968年録音)。
10代の僕はスケールの大きな演奏に只々圧倒された。
それから10年くらいして日本管打楽器コンクールユーフォニアム部門の2次の課題曲にJ.Sバッハ作曲の無伴奏チェロ組曲が選ばれ、バッハを勉強する過程で再び氏と再会することとなる。自身初の全曲録音となった「バッハ/無伴奏チェロ組曲」の二枚組CDは当時かなり話題になったと記憶している。
他にもヨーヨーマやマイスキーの演奏も聴いたが、自分にはロストロポービッチの演奏が一番しっくりと来た。
数限りなく聴いたせいで、演奏の繰り返し部分での一回目と二回目の微妙な音程やニュアンスの違いなども聞き分けられる程になった。
彼のバッハからはどれ程たくさんの力をもらったか計り知れない。
その後少しして、ロストロポービッチ指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団がショスタコーヴィッチのチクルスをすると言う企画が有り、歌劇「ムチェンスク郡のマクベス婦人」のバンダパートで定期にのせてもらえることになった。
すみだトリフォニーのバルコニーから見た彼の姿はとても大きく、リハでは弦楽器のパートにまるで子供に手ほどきをするかのように指示を出す姿が印象的であった。
これが僕にとっては最初で最後の彼との「共演」となった。
それからはブラウン管からだったが、度々目にする彼の演奏やドキュメントからは多くの示唆を受けた。あれほどお元気そうだったのに・・・。
今日の朝日新聞文化面には「史上最強のチェリスト」〜ロストロポービッチ氏を悼む〜と言う見出しで音楽学者の一柳富美子氏の追悼記事が掲載されていた。
旅から帰る途中の飛行機の中で何度も読み返した。
奇しくも同じ朝日新聞に小澤征爾氏のウィーン国立歌劇場への1年5ヶ月ぶりの復帰公演成功の記事も載っていた。ちょうどこの公演の日(29日)はモスクワでの葬儀の日と重なっていたとのこと。小澤さんは親友の死に祈りの気持ちを込めて演奏したそうである。
記事を読んで、1996年、親友の武満徹氏の死に際しサイトウキネンオーケストラ松本公演での武満徹/「マイウェイ・オブ・ライフ」の演奏後の小澤さんの表情を思い出し涙が出た。
【ロストロポービッチ人生の祭典】
http://www.sokurov.jp/
レクイエムのように感じられるのが不思議です
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